大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2430号 判決

理由

一、本件小切手である甲第一号証は、振出人である控訴人名下の印影が控訴人のものであることは当事者間に争いがないが、後記認定のように右は控訴人の意思に基いて顕出されたものではなく、本件小切手は訴外加藤好見が控訴人の名を使つて振出したものであることが認められるから、右甲第一号証は控訴人が本件小切手を振出したことを認定する証拠とはならず、他に控訴人が本件小切手を振出した事実を認め得る証拠はない。

二、《証拠》を総合すると次の事実が認められる。

控訴人の夫加藤好見は加藤電気工業所、及び加藤製作所なる名称で電気工事人及び電気機械の製作業をしており、はじめ加藤電気製作所名義の銀行取引口座を設けていたが、昭和四一年五月頃不渡り手形を出してその取引を停止されたので、その頃京浜信用組合糀谷支店との間に妻である控訴人名義の当座預金口座を開設し、右口座を利用して営業上の手形、小切手を振出していた(右口座を利用していたことは当事者に争いがない)。そして右控訴人の名義を使用して口座を開設したことは控訴人にも当時その話をした。加藤好見はその取引先である株式会社日興電気工業所の依頼により手形の割引、融通手形の貸与などをしていたところ、昭和四三年五月二七日頃右日興電気工業所の従業員である山本光雄が機械商遠藤助治を同道して加藤方を訪れ日興電気工業所に対する金融方を懇請したので好見はこれを承諾し控訴人を振出人名義とする金額三〇万円京浜信用組合糀谷支店宛持参人払の本件小切手一通を振出し、これを山本光雄に交付した。なおその際山本から日興電気工業所振出の手形か小切手を見返り担保として交付する旨の申出があつたがその頃同工業所は業績が悪く信用がなかつたので好見がこれを断つたところ、山本は同人の妻である被控訴人振出の小切手を交付することを約したので好見もこれを承諾して前記のように本件小切手を振出したのであるが、山本は右被控訴人振出名義の小切手を交付せず、被控訴人名義で本件小切手を藤鵠農業協同組合善行支店に預けた同支店発行の預り証を遠藤助治を介して好見に交付したに止まつた。

以上の事実が認められ当審証人山本光雄の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし信用することができず他に本件小切手が被控訴人主張のような原因で振出された事実を認め得る証拠はない。

右認定の事実によると、本件小切手は控訴人が振出したものではなく、加藤好見が控訴人の名義で振出したものといわなければならない。

三、そこで被控訴人主張の商法第二三条の準用等に関する主張について判断する。

控訴人が加藤好見に対し自己の氏名を使用して営業を為すことを許諾した事実を認め得る証拠はない。しかし前記認定の事実によると加藤好見は京浜信用組合糀谷支店に控訴人名義の預金口座を開設するに際り控訴人に対しその事情を告げたというのであるから、控訴人は好見が控訴人の氏名を使用して右口座を開設し且つこれを利用して手形小切手等を振出すことを許諾したものということができる。

ところで自己名義で当座預金口座を開設し、これを利用して自己名義の手形、小切手を振出すことを他人に許諾した者の責任につき商法第二三条の準用ないしは禁反言の法理の適用があるものと解するにしても、それは右小切手、手形等の振出人とされている表見的事実を信頼してこれを取得した第三者に対し不測の損害を被らせないためである。したがつて第三者が真実の振出人は右小切手等に表示された者でないことを知つていた場合には右のような悪意の第三者までも保護する必要はない。

当審での証人山本光雄の証言によると、山本光雄は前記認定のように加藤好見が銀行取引を停止された後、その妻である控訴人名義を使用して京浜信用組合糀谷支店に口座を開設し小切手等を振出していることは日興電気工業所の代表者及び好見本人から聞いており、且つ、本件小切手の真実の振出人が加藤好見であることを知つていたことが認められる。被控訴人が山本光雄から本件小切手の譲渡を受けた経過は証拠上明らかでないが、被控訴人は山本光雄の妻であつて、同人に取立を委任して本件小切手を呈示したことは被控訴人の自認する事実であり、且つ当審証人加藤好見の証言によつて認められるように、好見が被控訴人に対し前示本件小切手交付の経緯を話し見返り手形の交付を請求している事実及び被控訴人は当初は被控訴人自身が本件小切手の受取人であると主張していたところ釈明により受取人山本光雄から交付による譲渡を受けた旨主張を変更したものであること等から考えると他に特段の事由の認められない本件では被控訴人もまた上記事由を知つていたものと推認するのが相当である。

そうすると山本光雄はもちろん被控訴人も本件小切手の真実の振出人が控訴人でないことを知りながらこれを取得した悪意の第三者というべきであるから、被控訴人の本主張(加藤好見が控訴人の機関として本件手形を振出したものでないことも前段判示のとおりである)はいずれも採用することができない。

四、よつて被控訴人の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく失当として排斥を免れず、これと認定判断を異にし右請求を認容した原判決は不当

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例